マルチチャンネルを構成するのはフロントLR、センター、そしてサラウンドLR。これにサブウーファーを追加して5合計6チャンネルがSACDマルチチャンネルの規格だ(サブウーファーは.1で表示される為、5.1chと表記する)。このうち、基本となるのはフロントのLR。マルチと言っても基本はやはりフロントの左右のスピーカーだ。この2本のスピーカーで全体の60%以上の音を再生する。マルチはフロントのスピーカーのセッティングを完璧にしてこそ、その可能性を最大限に引き出すことができる。
ではセンターチャンネルはどういう風に使われるのか。最も理想的な録音では、フロントLRとセンターは同等の信号を再生する作りになっている。特に協奏曲などで良く出来たものは主役となるソリストやピアニストが奏でる音がセンターチャンネルから主に再生される。協奏曲などの場合、主役となる奏者はステージ中央付近に立つので、目を閉じて聴けば生演奏に近い配置で音楽が再現される。
2チャンネル再生でもソリストを中央に「定位」させることは可能だ。しかしこの定位というのは特定の場所から聴かないと得られない不安定な効果であって、頭を30cm程度左右に移動させればたちまちソリストが左右にブレるか、ほとんど消え失せる脆い「虚像」だ。センター付近奏者が奏でる音源がある場合、左右のスピーカーからではなく「主に」センタースピーカーから音を出す方が自然に聴こえるのは当然のことだ。ちなみに「主に」と強調したのは、センターが主でも左右のスピーカーからも多少音が出ている為、センターの音は唐突かつ不自然にはならない。センターチャンネルの存在で、試聴位置がどこでもソリストはきっちり真ん中から聴こえる。これも「生演奏の再現」には欠かせない要素だ。
ではリアのサラウンドチャンネルは何のためにあるのだろう。クラシック録音において、リアチャンネルは実は蚊の鳴くような音でしか鳴っていない。残響音、反響音のような効果音が再生されるだけ。リアチャンネルの本来の役目はそこに楽器を配置するのではなく、フロントチャンネルに奥行きと臨場感を与える為のものだ。シンフォニーを聴いている時、音はフロントを主体としてリスナーの耳にはコンサートホールにいる時のように「音が風のように全身を通り抜け」、そして包み込まれる感覚を味わうことができる。ちなみに、リアチャンネルは演奏中直接音が聴こえることは無く、多くの場合直接耳を近づけないと鳴っていることが分からない場合が多い。しかし試しにリアチャンネルをオフにするとたちまち立体感や奥行き、臨場感が消え失せるのが分かると思う。
まとめると、センターチャンネルの存在で奏者の位置関係が「定位」という不安定な虚像に頼ることなく的確に把握できるようになること、そしてリアチャンネルはフロントチャンネルに奥行きと臨場感を与える役目をしている、と言うこと。理想としてはフロントLCRで30%-30%-30%の配分、リアチャンネルで10%という音作りが最も自然に聴こえると思う。しかし一言でSACDマルチと言っても、レーベルによって音作りが違い、またエンジニアのセンスによっても変わるので、品質に差があるのが現状だ。