夜、妻が寝静まった後は私の一人だけの時間になる。この時間は一日のうちで一番の楽しみ、と言ってしまっては語弊があるかも知れないが、音楽をゆっくり聴くのは週末の深夜が一番いい。しかしただ音楽を聴くだけではなく、オーディオ機器の美しさを愉しむのも癒し効果抜群だ。
真空管のモノとしての美しさは本当に素晴らしい。ほんのり浮かび上がる灯、周りに広がる青い光芒、そして近寄ると肌で感じるその暖かさは音楽を聴く機械として以上の存在感と美しさがある。
さて、今日は馴染みのオーディオ屋へ行ってMC275をもう一台追加するかMC402一台に絞るかという決断を下しに行った。ソフトは普段聞き慣れたお気に入りのボッケリーニやヴィヴァルディ、その他ボーカル物少々。店頭にはMcIntosh C2300に繋がれたMC275、スピーカーはSonus faber Elipsa。私の使用している機器構成がそこにそのままあり、比較にはこの上ない条件だ。
まずはMC275でノラ・ジョーンズやらグレース・マーヤのヴォーカルものを聴く。もちろん機器は全て自分のものと一緒なので違和感は無いが、取り敢えずMC402と比較する為に耳にインプット。そしてクラシックに移り、間もなくして店員がMC402へと切り替える。
MC402の音は今日初めて聴いたが、なるほど最新式ソリッドステートらしくハイスピードでクリア。解像度が高く、やや冷ための音で、切れ味抜群。低域はコブシが効いていて、かつ分析的で機械的。音のエッジがシャープで、写真で言えばシャープネスを高くしている感じか。
対するMC275の音は、中高域に温もりがありとても自然。彫りが深く線も太めだが大味という感じではなく有機的で柔らかい。解像度やエッジなどはMC402に及ばないものの、それは純粋に「音」だけを聴いた場合に感じるもので、音楽を聴くにはこれくらいがちょうどいい。特に人の声はMC275の方が圧倒的に自然だ。
MC275は既に一台あるし、ソリッドステートも一台あっても面白いかなぁ、と考えていたところバイオリンのパートになった。MC402で聴くバイオリンは、何とも鋭くメタリックな音だ。音量を大きくすると鼓膜を直接叩くような、ギンギンした音になる。この音を好きな人も多いと思うが、個人的には長い時間リラックスして聴けるような音では無い気がした。音量を上げた時のこの耳を突き刺すような「ギンギン感」はいかにもソリッドステートのアンプだ。
オーディオ機器の試聴というのはその場での「ちょっと聴き」で好印象を抱いたからと言っても、必ずしもそれが良いとは限らない。オーディオ機器というのは長時間聴いて初めてその長所や短所が分かってくるものだ。MC402の音はロックやポップス、そしてジャズには良いと思う。ただクラシックなどのオーセンティックな楽器の音や人の声は、長時間聴いているうちに不自然に感じるかも知れない。「ギンギン感」を感じない人はそれでもいいかも知れない。人の感覚というのは本当に千差万別なので、自分の感覚に合う物を探して選ぶのが大切だ。そういう観点で個人的な好みで行くとMC275の自然で人肌のような優しい音に惹かれる。
そう言うわけで、バイオリンの音が決め手となってMC275をもう一台持って帰る事にした。MC275を2台モノブロックで使うという贅沢はちょっと恐れ多いが、他に贅沢をしている訳でもないし長年使う予定なのでこの際思い切ってみた。我が家は友人や妻に言わせると「オーディオ屋のショールームみたい」らしいが、好きなので特に悪い気がする訳でもない。
さて、MC275を2台並列で駆動すると音が良くなるのか半信半疑であったが、実際にやってみるとかなり音が良くなる事が分かった。スペック上では75ワットが150ワットになる他にS/N比が3dB改善されるとある。
ところが耳で聴き取れる違いはこれらの違いよりもっと大きい。例えば音がもっと開放的でストレスフリーになる。ヘッドルームが上がった為に、音に非常に余裕があって低域も威厳を持って鳴らす。音質において全ての面で大きな改善があったのには驚いた。英語のフォーラムなどではMC275を2台モノラルで使うと音質がかなり改善されるとあったが、実際に聴くまでは半信半疑であった。だがこれはいい。音の余裕、これはスペックでは表せないし言葉で説明するのも難しいが、とにかく霞が晴れたように音の見通しが良くなり、分離も改善された。Elipsaが腹から声を出して歌っている、そういう感じだ。
Elipsaは一部のスピーカーメーカーの造るスピーカーのように分析的で「音」ばかりに的を絞った音作りではなく、あくまでも「音楽」が主役という音作りだ。機械で測定する数値と人間の耳が感じる「良い音」は必ずしも一致しない。いや、ほとんど一致しないはずだ。歪みが多く突っ込みどころが多いアナログレコードの方が「音が良い」と感じるのと同じように、真空管のように不完全なものの方に人は親しみを感じるのかも知れない。
・・・なんて、音楽を聴くには全く必要の無い理屈ばかり考えているうちは本当に音楽を聴いているとは言えない。早く新しい機械に慣れて機械を意識しない精神状態で音楽に集中したいものである。