先日小さなサブウーファーを買った。これは主にリビングで使っている小さいブックシェルフの低域を補う目的で導入したもので、お陰で2ランク以上グレードの高い音に生まれ変わった。ただ、特に旧くからオーディオをやる人の間、特に「ピュアオーディオ派」にはサブウーファーやマルチチャンネルは否定的に語られる事が多い(そもそも私には「ピュアオーディオ」と言う言葉の意味が分からない)。
私がオーディオをやる理由、それは機械それぞれの美しさが趣味の対象となっている事もあるが、究極の目的は「生演奏を再現すること」だ。もっと現実的には「生演奏を正しいプロポーションを維持したまま縮小し、再現する為」となる。正しいプロポーションというのは、何も足さず何も引かず、単にスケールを縮めただけのもの、ということ。要するに盆栽と同じ事を実現する手段が私のオーディオだ。
従ってそれを実現するには生演奏の音を知っていなければならない。生演奏の音を知って初めて目標が見えてくる。一度目標が見えれば、あとはそれを実現する手段を見つけ出して実行するだけである。それには柔軟性がとても大事だ。
「オーディオの目的は原音再生である」
「いや、そんなのは最初から無理だ」
この手の議論は飽きる程聞いてきた。前者も後者も正しい。現実問題としてCDなどに入っている音楽は全て「加工された」音楽である。多くのマイクから集音された音源を様々な機械やソフトウェアを駆使して数人のエンジニアが各々のセンスと好み、そしてレーベルのマーケティング上の意向に沿って音を作り出す。奏者が弾き損じた場所はソフトウェアでちょちょいのちょいと補正して、あたかも何事もなかったかのように仕上げる。写真で言うところのPhotoshop加工が当たり前のように行われている。そのような音源が「原音」かどうかは意見の分かれるところだが、個人的には生演奏と比較して違和感がなければそれを「原音」と呼んでも構わないように思っている。
ただCD音源と言っても多様であって、そして再生する機械も多様であるから、目的となる音を再現する為に機械を選び、調整し続けなければならない。これが私のオーディオ趣味である。その目的達成の為には既存の固定観念に縛られず色々なものを積極的に取り入れていく。前置きが長くなったが、そこで何故サブウーファーが「原音に近づくために必要か」を書いてみたい。
例えばVienna Acoustics Beethoven Concert Grandの周波数帯域は28Hz - 22kHzで、Sonus faber Elipsaの場合は35Hz - 40kHzとなっている。ただ注意しないといけないのは、一般的なスピーカーは両端の周波数帯では中間帯と比較してかなり感度(出力レベル)が下がっているが、多くのメーカーはこれをきちんと申告しない。実際にStereophile誌の計測ではVAもSFも低域はそれぞれ-10dB以上中間帯と比較して感度が低い。これは中間帯と比較すると最低でも1/4の感度しか無い事を意味する。従って特に低域の仕様に関してはいつも半分程度だと値引きして考えている(35Hzとあれば現実的には70Hz程度と考える)。低域で-10dBも低ければ、何もしないで再生したら生演奏の音と比較して大きくプロポーションが崩れてしまっているのが理解できると思う。
オーケストラで用いられる楽器、例えばコントラバス、チェロ、グランカッサ、またはパイプオルガンなどが出す低音は耳だけではなく体でも感じる事ができる。人間の耳は一般的に20Hzまで「聴こえる」とされているが、実際はこれくらいの帯域になると「聴こえる」と言うよりは「感じる」と形容する方が正しいように思う。とくのこの付近では一般のスピーカーから出す程度の音量では「聴く」事は非常に難しい。生演奏でのグランカッサの一撃やパイプオルガンの音の大伽藍は一般のスピーカーでの再現はほとんど不可能だ。
そこでサブウーファーをうまく利用して聴覚上減退する低域を補う方法が有効だ。サブウーファーはそれぞれのメインスピーカーの特性に上手に合わせてシームレスに融合させるセンスと技術があれば、そこにサブウーファーがある事を意識する事なく鳴らす事が可能だ。サブウーファーはあくまでもメインスピーカーを「補う」為にあるので、コツとしては「オフにすると何か物足りない」という程度で鳴らす事が大事。実はサブウーファーの設定や設置の仕方は思いのほか難しく、部屋の形状や設置場所、向き、そして聴く場所によって特性は大きく変化する。従ってうまくやらないと不自然に聴こえたり低域が暴れたり、と良い結果が出ない。しかしうまくやると生演奏をほぼ正しいプロポーションを維持したまま、家庭で再現できる。
サブウーファーに対して誤解や偏見を持っている人は多いが、私にとってのオーディオの目的は前述の通り「生演奏を正しいプロポーションを維持したまま縮小し、再現する為」というものであるので、サブウーファーでもマルチでも目的に近づく手段となれば柔軟に取り入れていく主義である。サブウーファーの価値が分からない人は、一度きちんとセッティングされたシステムを聴くことをお勧めしたい。