2008年発売のJacinthaのベスト盤。癒し系の歌声の持ち主であり、アメリカのジャズシンガーとはやはり雰囲気が違う。録音の優秀さから主にオーディオファイルの間では有名だが一般的にはあまり知名度が高くないシンガーだと思う。彼女のCDは「Here's to Ben」とこの2枚を所有しているが、一通り聴いてみるとシンガーとしては「美声ではあるが想像力に欠ける」と言うところか。内容的にあまりハートに響かない、そういう印象だ。
オーディオの音源としては申し分なく素晴らしい。特にマルチチャンネルで聴く彼女の曲はオーディオの一種の理想を実現している。一般的に大きなスピーカーで聴くヴォーカルはどうしても音像が大きくなりがちで、よく「唇が大きくなった」などと形容されるが、かと言ってモニターなど小さなスピーカーで聴くとヴォーカルは良くても伴奏までもがこぢんまりとしてしまってなかなか両立は難しい。マルチチャンネルの場合、彼女のヴォーカルはセンターから再生されるのでヴォーカルも伴奏もパーフェクトなバランスと言う、正に理想的な音が得られる。もともとセンタースピーカーは人の声が最も自然に再生されるようにチューニングされ、かつメインスピーカーと同じヴォイスになるように設計されているのでマルチチャンネルで聴くヴォーカルものは素晴らしい。そして「定位」などと言う概念もセンターからヴォーカルが再生されるのでまったく不要だ。だが言うまでもなくヴォーカル物でこのSACDのようにきちんとマルチで制作されたものは少ないのが残念。
ところでこのSACD、マルチ層の8曲目の一番最後で問題が出る。ソニーのプレーヤーでは音飛びが発生し、McIntoshのプレーヤーだと大きなノイズが出た瞬間に唐突に停止してしまう。不良品だと思いお店で交換してもらったが、なんと交換してもらった新しいSACDでも全く同じ場所で全く同じ問題が出る。これは製造の問題だ。発売が2008年だから5年近くも放置されている、と言うことはそれだけマルチ層で聴くユーザーが少くクレーム件数も少ないと言うことか。一応Groove Noteに問い合わせようと思ったら、ウェブサイトはダウン中であった。音源として素晴らしいだけに残念だ。
余談だが彼女の作品に共通する「特徴」として彼女が口を開いた時の「唇の音」がこれでもか、と言う程入っている。これは彼女自身が意識しているのか制作側が意識しているのかは不明だが、マイクが近すぎると思うし意図的にこういう音を録るのはハッキリ言って白々しい。私は「舌なめずりの音」や「松やにの飛び散る音」には興味が無いが、マルチチャンネルを求める人よりそう言ったものを求める人の方が遥かに多いのだろう。